未来のミライを見て感じた感想。今ある当たり前は当たり前ではないということ。

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この記事は、思ったこと、伝えたいことを割とそのまま吐き出した記事になっているので、ご了承下さい。

 

映画【未来のミライ】を見ていない方へのネタバレになってしまうので、中身は書きませんが、この映画を見て、改めて考えさせられたことを書きました。

この映画は、“家族の愛・繋がり”について描かれている心温まる作品でした。

 

この映画を通して、次のことを考えさせられました。

それは、僕らは生かされているということ、奇跡の存在であるということ。

 

父親、母親がいて自分が生まれて。

父親の父親と母親がいて、自分の父親が生まれて。

母親の父親と母親がいて、自分の母親が生まれて。・・・

というように、”自分という存在”は、数々の奇跡や偶然の積み重ね、愛で今この世にいるんだということに気付かされました。

 

人間、生きていれば、死にたくなることだったり、自分がちっぽけに思えたり。

泣きだしたくなってしまったり、急に無気力になったり、強い憎しみにさいなまれたりすることはあります。

これは、人間誰しもあるのではないかと思います。

 

でも、冒頭に挙げたように、僕らは、先祖代々、奇跡に奇跡を重ねて繋いでこられた命を貰って今を生きてるんです。

 

例えば、たまたま自分のお爺ちゃんが戦争中に被災してしまい亡くなってしまっていたら、あなたは今この世にいないかもしれない。

母親が志望校に落ちていなかったら、大学で父親と出会えなかったかもしれない。

 

挙げればキリがありませんが、いくつもの奇跡の積み重ねで僕らは今ここにいます。

そう、僕らは強運の持ち主であり、僕らの先祖たちも強運の持ち主で且つ、一生懸命に命のバトンを繋いできてくれたんです。

 

そう、僕らは奇跡の存在。

誰もが奇跡の存在。

 

 

なので、この世に生まれてこられただけで幸せものなんです。

明石家さんまさんも「生きてるだけでまるもうけ」という言葉を残していますが、ほんとにその通りだなって。

生きられている幸せを噛みしめていいんです、幸せだなって思っていいんです。

 

たしかに、大変な境遇で生まれる人や、嫌なことや傷つくような経験もたくさんすることもあります。

でも、きっと、その分幸せだなって思えることが増えたり、人より優しく強く生きれるじゃないかなと。

そして、きっと、あなたがいることで人生が幸せになれる人もいると思うんです。

 

お父さん、お母さんに感謝し、先祖さまに感謝し、身の回りの人たちに感謝する。

何だか、全てに感謝の気持ちを持てると、幸せな気持ちになってきます。

ありがとうの数を数えてみると、幸せな気持ちになってきます。

 

今ある当たり前は、奇跡。

全ての奇跡によって生かされている。

 

そう思って生きていけると、人にも優しくなれるし、自分にも優しく生きれるんじゃないかな。

そうあなたは、奇跡の存在。

何かに挫けそうな時に、これを思い出してみて下さい。

 

それでは。

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